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神戸地方裁判所 昭和27年(行)2号 判決 1954年3月29日

原告 中田彌市郎

被告 兵庫労働者災害補償保険審査会

主文

被告が原告に対し昭和二十六年十二月一日になした、原告の身体障害は労働者災害補償保険法施行規則別表第一の身体障害等級表の第十二級七号である、との決定は之を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、「原告は昭和二十五年三月十九日午後三時頃、当時日本運輸株式会社の常備荷役人夫として小野浜において外国船に綿布積込の荷役作業に従事中、傍らに積んであつた綿布が倒れて来て原告の右脚内股にあたりその膝をすつて落下したため原告はその膝関節部に疼痛を感じた、翌朝神戸市須磨区戎町三丁目四番地の整骨師塩田正三の診療をうけ、更にその一ケ月余後からは神戸市長田区北町の香川弘毅医師の診療をうけたが同年七月頃となつても全治せず、香川医師は患部を「動搖関節」と診断したので兵庫労働基準局東監督署にその診断書を提出し労働者災害補償保険法による障害補償の給付を請求し、同年九月にいたり漸く同監督署長広瀬茂から原告の右脚の障害は主文記載等級表(以下単に等級表と称する)の第一〇級一〇号に該るとの認定告知をうけた。しかるに翌年四月十八日右補償費の給付を受けるべく右監督署へ出頭したところ、意外にも前記認定が変更されて等級表の第一二級一二号該当となつていたのでその給付決定に異議ありとして、即時保険審査官の審査請求をしたが、同年七月二十三日間東審査官より前認定の通り十二級十二号との認定告知をうけたので、その決定を不服とし、更に同年九月十八日に被告のもとに再審査を請求した。これに対し昭和二十六年十二月一日被告は第一二級七号該当の決定をなし同月六日原告はその決定書の送達をうけたが右の決定は不服である。即ち原告の障害は、歩行すると右足膝関節が外側へ捻れるようになつて痛むので歩行も不自由であり、長期間治療につとめたが治らず、今後従来の労務につくことは不可能で現在もなお局部に疼痛をのこしており、これは等級表第八級の三号にいう「神経系統の機能に著しい障害を残し軽易な労務の外服することができないもの」にあたる症状であるから、被告のなした右決定は違法である。よつてこれが取消を求めるため本訴に及んだ次第である。」

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却す。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決をもとめ、答弁として、

「原告主張事実中、東労働基準監督署長の認定についてはじめ十級の十号の認定があつてのち第一二級一二号の認定に変更されたと主張されているが、これは昭和二十六年四月十八日に同署長広瀬茂により第一二級一二号の決定があつただけである。原告は右膝関節に五度の外転と軽い引出症状を残しているのみで神経系統の機能に著しい障害はないので被告の審査決定が正当である。其の他原告主張の事実は争はない。」

と述べた。(立証省略)

理由

原告が日本運輸株式会社の常傭荷役人夫として荷役作業に従事中、原告主張の日時場所において荷役中の荷物の落下により傷害をうけたこと。右の災害補償について原告主張の日時に兵庫労働基準局東監督署よりその主張の如き等級表の十二級十二号に該当する旨の認定があり、之に対し異議ありとしてなした原告の審査請求に対し原告主張の日間東審査官より右決定と同一の決定あり、更に原告より被告審査会に対し再審査の請求あり、被告より原告主張の日その主張通りの審査決定のあつたことは当事者間に争はない(たゞ東労働基準監督署長の認定については、原告は昭和二十五年九月二十八日頃十級十号の認定をうけ翌年四月十八日第一二級一二号と右認定が変更されたと主張するが、証人藤本明の証言によれば、障害等級決定権のない右監督署員藤本が決定書の起案に際し一応第一〇級一〇号との認定を記載したに過ぎず正式の監督署長の認定は前記四月十八日の十二級十二号であつたものと認められる。)。

そこで本件の争となるところは原告の右に関する障害が等級表の十二級七号にあたるものであるかどうかといふ一点である。

よつてこの点につき判断するに、

成立に争のない甲第二号証(香川医師の診断書)甲第五号証の二、第八号証証人香川弘毅の証言被告代表者本人及び原告本人の供述ならびに鑑定人竹林弘の鑑定の結果の各一部を綜合すれば、

医学上の用語はともかくとして少くとも原告の右膝関節は現在もなお外側に五度廻転の動搖あり、かつ、脛骨を前方へ三粍引出しうる状態となり、そのため長く歩行すると、時に膝関節に脱臼によるような疼痛を感じる場合があり(これは神経症状ではない)、又六貫目以上の重量の負荷には堪え難いことが認められる。このような身体障害は前記等級表の第一〇級の一〇号に該当するものと解するのが相当である。というのは、上下肢の関節の機能障害につき同表の定めるところを見るのに、最も程度の重いものを「用を全廃したもの」(同表第一級七、九号、第五級四、五号)と称し、それに次ぐものを「用を廃したもの」(第六級五、六号、第八級の七、八号)といゝ、更にそれに次ぐ程度のものを「著しい障害を残すもの」と指称し、最後に最も程度の軽いものを単に「障害を残すもの」といゝ、その機能障害の程度の如何なるものが右の何れに当るやは明定するところがないが、「全廃」は全然その用をなさない程度のものであり、「用廃」は少くとも運動可能領域の半以上が不可能に帰した場合であり、「著しい障害」はその運動可能領域の半以下四分の一以上の制限を受ける程度のものであり、単なる「障害」とはそれ以下の程度のものと解すべきは、障害の程度を右のように四段階に分つて定めた趣旨と他のこれと同等として定められた身体障害とを対比して自ら諒解できるところであつて、原告の前記身体障害が歩行に際し時々疼痛を感ずることは日常生活に支障を来たすものとみられ、災害時より五年経過後の今日においても右認定の如き状態あることを考慮に入れて判断するときはかゝる障害の程度は前記著しい障害を残す場合の説示に掲げた程度のものと見るのが相当であつて、これを最低級の単に障害を残すものと認定するのは低きに失するものといはねばならない。然らば、被告審査会が原告の本件身体障害を等級表の第一二級の七号に該当するものと判断したのは失当であり、取消さるべきである。

よつて原告の請求は正当であるから之を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 大野千里 坂東宏)

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